デス・オーバチュア
第207話「炎獄襲来」




お城から飛び出したお姫様(ヒロイン)の危機にどこからともなく颯爽と現れる美形の青年(ヒーロー)。
ありきたりで、滑稽な展開。
ただ、普通と違っていたのは、助けられたお姫様は可愛げが欠片もなく、助けた青年は正義の味方とは対極の最狂最悪な男だったのです。

出会ったその日のうちにお姫様は青年に手込め……もとい結ばれました。
けれど、そこに愛は無く、やることやった青年はさっさと自分の国へ帰ってしまいました。
そう、お姫様は遊ばれたのです、捨てられたのです。
しかも、お姫様は皇族の掟『誓約』によって、肌を……胸の青い薔薇の刻印を見られた男を愛するか殺すしかない宿命でした。
純血を奪われ、刻印を見られたお姫様は、あの最悪の男を愛することに決めました。
だって、殺すの面倒臭そうだし……いえ、お姫様はあんなどうしょうもない男を心から愛していたのです。

その後、お姫様は、たまに遊びに来る最悪男と爛れた関係を続けながら、愛する人形達と怠惰に幸せに暮らしたのでした。
めでたしめでたし……?



「……ん……んん……」
リーヴ・ガルディアはゆっくりと目を覚ます。
棺のようなベッドに横たわっていた彼女の身体には、無数の管やコードのような物が接続されていた。
「……記憶(データ)の保存(バックアップ)……への転送(ダウンロード)正常に終了しました。おはようございます、リーブ様」
全身に羽衣のような布切れを纏った人形の如く無表情な女が、己が主に目覚めの挨拶をする。
彼女の名は舞姫、リーヴによって生み出された『生きた人形』だった。
「……ああ、おはよう、舞姫……」
リーヴはまだ眠そうな表情で、自分の体から管やコードを取り外し、半身を起こす。
「……それにしても、我が過去ながら……『圧縮』されるとミもフタもない馬鹿な話だな……」
自嘲と自虐の混ざった笑みを浮かべて嘆息すると、ベッドから完全に起き上がった。
「……を起動いたしますか?」
「いや、その必要はない。……は永久凍結、自動起動条件は以前決めた通りだ」
「……了解……作業開始…………作業終了……の凍結を完了致しました……」
舞姫が感情の感じられない機械的な声で淡々と『作業』の終了を告げる。
「……んっ、御苦労、舞姫」
リーヴは舞姫が作業を終了させるまでの短い時間に、普段の衣装に着替えを終えていた。
「ふう……」
気怠そうに彼女が椅子に腰を下ろすと、舞姫が背後にやってきて、主の艶と輝きのある長く美しい白髪をブラシや櫛で整えだす。
「今日はどうなさいますか?」
「んっ……今日は出かけるから結わなくていい……それよりマッサージを頼む……寝違えたか、いつも以上に凝っているようだ……」
「畏まりました」
舞姫は主の髪の手入れを終えると、今度は両手で主の肩を揉みだした。
「ああ、そうそう、そこ……んっ、あっ……ふっ……ふあっ……」
リーヴはうっとりとした表情で、とても気持ちよさそうに声を出す。
「……んんっ……よし、もういい……」
数分後、リーブは舞姫を止めると、椅子から立ち上がった。
「では、留守は任せた」
「はい、お任せください」
「……行くぞ」
リーヴは、今まで一言も発せず気配すら感じさせずにドアの傍に佇んでいた存在に声をかける。
「…………」
黒いフード付きのローブを頭から被っていたソレは、ドアを開けると、リーヴが来るのを無言で待った。
「メ……」
「構わん。では、行って来る」
表情を険しく、黒フードに対して何か言おうとした舞姫を制し、リーヴはドアへと歩き出す。
「はっ……いってらっしゃいませ、リーヴ様」
舞姫は即座に気を取り直し、深々と頭を下げて、主を見送った。
リーヴは黒ローブに一瞬視線を向けた後、ドアの外へと消えていく。
「…………」
「メイ……」
「フッ、では、失礼します、舞姫先輩」
黒ローブは、舞姫が何か言い出すより速く、リーヴの後を追ってドアの向こうへ出ていった。



中央大陸のとある海辺。
何もない虚空に突如、紅蓮の炎が発生した。
紅蓮の炎は、炎のように赤い髪と瞳をした凛々しい少女の姿を取り、地上へと降り立つ。
「…………」
少女は、髪と瞳と同じく赤い鮮やかな軍服を着こなしていた。
「……あの世界も、悪魔界も、そしてこの世界も時間流の速さが異なる……故に、アレからどれだけの時が流れたのか解りにくいが……」
彼女の名はカーディナル。
その名の意味は深紅色、あるいは枢機卿、黒の悪魔騎士ダルク・ハーケンと肩を並べる赤の悪魔騎士だ。
かつてファントムという組織でイェソド・ジブリールを名乗り戯れていた悪魔王エリカ・サタネルの一人娘でもある。
「悪魔界を介した分だけ、再生期間のロスを考えても、奴らより先に辿り着けたはず……」
赤い悪魔の王女……カーディナルが右手を前方に突き出すと、空間が歪み、鮮褐色の剣が出現した。
「……あの男……確か名は……ルーファス……この大陸の何処に居ようと必ず見つけだし……」
彼女の右手が剣の柄を掴んだ瞬間、剣の色が美しい深紅色に変色する。
「我が剣で灼き斬る!」
カーディナルが深紅色の剣を一閃すると、剣から噴き出した紅蓮の炎が虚空を薙ぎ払った。
「うふふふっ、素敵よぉ〜、悪魔のお姫様ぁ〜」
「……兎だと……?」
突然、カーディナルの前方に噴出した暗黒の中から、黒い兎のような格好の女が姿を現した。
体を覆うハイレグ・レオタード、首に蝶ネクタイ、両手首にはカフスボタンがついたリストバンドを取り付け、両足には網タイツを着用しハイヒールを履いている。
以上の全てと、淡く儚げな金髪の頭頂から生えた兎の耳は見事に黒色で統一されていた。
「……魔族……あるいは邪神の類か……邪気にも限度というものがあろうに……」
黒兎の全身から立ち登り続ける暗黒……瘴気の禍々しさは、並みの悪魔の比ではない。
「邪神だなんてひどぉい〜」
「どこが酷いものか、禍々しさだけならダルク・ハーケン……いや、母上にすら……むっ」
黒兎の姿が視界から消えた瞬間、背後から伸びてきた両腕がカーディナルを抱き締めようとした。
「我に触れるなっ!」
カーディナルは素早く腰を回して振り返り様に、相手の姿を確かめるよりも速く紅蓮の炎を纏った深紅色の剣を振り抜く。
「くっ!?」
「怖い怖いぃ〜」
手応えがないと思えば、黒兎の姿はカーディナルの背後……剣を振る前は正面だった場所にあった。
「かわされた?……いや、それとも最初から動いていなかったのか……?」
カーディナルは黒兎に向き直ると、紅蓮の炎の剣を突きつける。
「うふふふふっ、どうでもいいじゃない、そんなことをぉ〜。でも、そうね、一つだけ忠告しておいてあげるぅ〜、直覚に頼りすぎるのも考えものよ? ほら、こんな風に……」
「つっ!」
背後に気配を感じ、回転するようにして360度を剣で斬り捨てた。
しかし、何の手応えもなく、背後には何も存在していなかった。
「ねっ、気配や殺気だけを作ることもできるのよぉ〜。あなたみたいな達人程、これによく引っ掛かるのよね〜、うふふふふふっ……」
「…………」
カーディナルは全てを察する。
黒兎は一歩も動かず、ただ己の気配を極限まで消して、そこに居るのに居ないように見せ、代わりにカーディナルの背後に偽りの気配を生み出したのだ。
それだけでなく、もしかしたら、視覚的にも干渉し、自らを透明にし、背後から伸びてくる幻の腕を見せたのかもしれない。
「小賢しい……ならば、現も幻も関係なく全てを吹き飛ば……」
「ストップストップ〜」
カーディナルから殺気と闘気が爆発的に膨れあがろうとしたのを察して、黒兎は『待て』とばかりに両手を前に突きだした。
「爆炎で全方位を吹き飛ばすなんて物騒なことしようとしないでよ〜、自然に優しくないわね〜、少しは周りの迷惑も考えなきゃ駄目よぉ〜」
黒兎は、メッとばかりに人差し指を突き立てて見せる。
「ふざけ……」
「うふふふっ、だから逸らない逸らない、私はあなたの敵じゃないわ〜」
カーディナルが怒りに任せて剣を振り抜くより速くも、黒兎は自ら間合いを詰めて、密着することで彼女の動きを封じた。
「綺麗な髪と瞳ね、まるで燃え狂う炎のような激しく鮮やかな赤……うふっ」
黒兎はカーディナルの首筋をペロリと舌で一舐めする。
「つっ!」
カーディナルの全身から、全方位に爆発的に炎が解き放たれた。
「あらぁ、感じちゃったぁ〜? 感度が良いのね、きゃはははははっ!」
密着していたはずの黒兎は、いつの間にか上空へと逃れている。
「でもぉ〜、あなたの相手をする男は大変ね〜、あなたが感じる度に噴き出る炎で焼き殺されちゃうもの〜、あ! だから何万年生きても処女なんだ、あはははははははははははっ!」
「貴様っ! もう許さん! 細胞一つ残さず灼き尽くしてくれるっ!」
カーディナルの怒りに呼応するように、深紅色の剣に宿る紅蓮の炎が激しく荒れ狂った。
「怒っちゃ嫌ぁ〜♪」
黒兎はまるで瞬間移動のように一瞬で、上空からカーディナルの背後に移動する。
「燃え尽きろっ!」
カーディナルは振り返ると同時に迷わず紅蓮の炎の剣を黒兎に斬りつけた。
「……だからぁ〜、殺り合うつもりないって……」
「くっ……馬鹿な……」
紅蓮の炎の剣は、セレナが右手で持った大鎌の赤い光刃で容易く受け止められている。
「言っているでしょうぉぉぉっ!」
黒兎は力ずくで紅蓮の炎の剣を弾き返した。
「もう〜、私はただ少しお話したいだけなのにぃ〜」
体勢を崩したカーディナルに対して追撃せずに、黒兎は大鎌を掻き消す。
「話だと……?」 
カーディナルは剣を構えなおして、戦闘態勢、警戒は続けながらも、攻撃には移らず、黒兎の次の言葉を待った。
「そう、お話。まったく、私はあなたとちょっとお話がしたいだけなのに……問答無用で何度も斬りかかってくるから、全然話が進まないじゃない〜」
「貴様が我を愚弄して逆撫でしているのだろうがっ!」
「えぇ〜? 私はあなたに悪意も敵意も何にもないのにぃ〜」
「ふざけるなっ! 貴様は……」
「お姫様ったら、本当に身持ちが堅いんだからぁ〜、抱きつくぐらいいいじゃない? 女同士なんだしぃ〜」
「いいわけあるかっ! なぜ我が貴様に抱きつかれなければならんのだ!」
「それはあなたが綺麗で可愛いからよ、私だって見境無く誰にでも抱きつくわけじゃないわぁ〜」
「それがふざけていると……」
「うふふふふっ、それにしても、悪魔王も意外と過保護よね〜」
「……どういう意味だ……?」
「ただでさえ並みの男じゃ近寄ることもできない特異体質なのに、呪いに等しい強固な貞操帯までつけさ……」
「狂躁烈火(きょうそうれっか)!」
いきなり、剣が床に叩きつけられると、烈火(激しい炎)が黒兎を呑み込もうと地を駆ける。
「うふっ」
黒兎が右手を突き出すと、掌から暗黒が爆流の如き勢いで吐き出され、迫る烈火を相殺した。
「暗黒闘気!?」
「魔皇暗黒掌(まおうあんこくしょう)てところかしら? それとも闇輝天舞(あんきてんぶ)とか? まあ、要は暗黒闘気をちょっとだけ圧縮して撃ちだしているだけなんだけどね〜。あらぁ? なぜ、そんなに驚いているの? 魔族が暗黒闘気を使うのなんて別に珍しくもないでしょう〜?」
「…………」
カーディナルは鋭い眼差しで黒兎を睨みつける。
確かに、属性的に魔族と暗黒は近しい、だが、暗黒を闘気のように自在に扱うなど……カーディナルの炎を相殺する程の威力を発揮させるなど、とても信じがたいことだった。
そんなとんでもないことができそうな魔族など、カーディナルの知る限り、最強の暗黒闘気の使い手である魔眼王とその第一皇子、そして、剣の魔王の三人ぐらいである。
「別にぃ〜、貞操帯していることを恥ずかしがるこ……」、
「黙れ! 狂瀾散火(きょうらんさんか)!」
紅蓮の炎の剣から、激しく荒れ狂う七つの火球が一斉に撃ち出された。
「話が進まないでしょうぉぉっ!」
七つの火球は、黒兎に届く直前で全て同時に切り裂かれて消滅する。
黒兎の右手にはいつの間にか、再び赤い光刃の大鎌が握られていた。
「誰のせいだ! これ以上、我を怒らせる前に、さっさと用件を言って失せろ!」
「あはははははっ、そうね、あなたが本気になったら私なんて一瞬で消し炭だものね〜」
「…………」
カーディナルは肯定も否定もしない。
出会ってすぐの頃なら『当然だ』と迷わず言っただろうが、今ではカーディナルは、黒兎の底知れぬ……というか、得体の知れない実力を計りかねていた。
「あなた、捜し人が居るのでしょう? 見つけるの手伝ってあげましょうか〜?」
大鎌を消失させると、黒兎は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「余計な世話だ、さっさと失せろ!」
「あらあらぁ〜、中央大陸中をあてもなく片っ端から捜す気なの〜?」
「ふん、いざとなれば大陸全てを我が炎で焼き払うまでだ……そうすればあの男も出てくるしかあるまい……」
「うふふふふっ、それも面白そうね〜」
黒兎は、ぜひ見てみたいわねといった感じで、とても愉快そうに笑った。
「解ったら消えろ……それとも、どうしても力ずくで『消され』たいか?」
カーディナルは深紅色の剣に再び紅蓮の炎を宿らせる。
「ああ、怖い怖いぃ〜。でもぉ〜、あなたの捜している叔……人の居場所を知っていると言っても、聞きたくないぃ〜?」
「なっ……」
「うふっ、うふふふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふふっ……」
黒兎は、カーディナルを誘惑するかのように、彼女の周囲を跳び回りながら、とても楽しそうに微笑い続けた。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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